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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9183号 判決 1998年5月29日

原告

中山大治郎

株式会社スタイルクリエーション

右代表者代表取締役

中山かほ里

右両名訴訟代理人弁護士

赤尾直人

相澤光江

右両名補佐人弁理士

山本喜幾

被告

持田商工株式会社

右代表者代表取締役

持田晃

被告

株式会社大和ヘルス社

右代表者代表取締役

二宮利泰

右両名訴訟代理人弁護士

沼田安弘

宮之原陽一

杉山博亮

右訴訟復代理人弁護士

川西秀樹

右両名補佐人弁理士

神保欣正

主文

一  被告持田商工株式会社は、別紙被告物件目録記載の靴の中敷きの製造及び販売を行ってはならない。

二  被告持田商工株式会社は、別紙被告物件目録記載の靴の中敷きの製造に要した金型を廃棄せよ。

三  被告株式会社大和ヘルス社は、別紙被告物件目録記載の靴の中敷きの販売を行ってはならない。

四  被告株式会社大和ヘルス社は、別紙被告物件目録記載の靴の中敷きの完成品を廃棄せよ。

五  被告持田商工株式会社は、原告株式会社スタイルクリエーションに対し、金四三五万七五四三円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告株式会社大和ヘルス社は、原告株式会社スタイルクリエーションに対し、金八一一万一九七六円及び内金七三三万九九七六円に対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、内金七七万二〇〇〇円に対する平成七年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

七  原告株式会社スタイルクリエーションのその余の請求を棄却する。

八  訴訟費用は被告らの負担とする。

九  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項ないし五項、八項及び九項に同じ。

2  被告株式会社大和ヘルス社は、原告株式会社スタイルクリエーションに対し、金八一一万一九七六円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告中山大治郎(以下「原告中山」という。)は、原告株式会社スタイルクリエーション(以下「原告会社」という。)の元代表取締役であり、左記実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その登録に係る考案を「本件考案」という。)を有している。

(1) 考案の名称 O脚歩行矯正具

出願年月日

昭和六三年六月四日

出願広告年月日    平成五年三月一七日(実公平五―一〇八一三号)

登録年月日

平成五年一二月二二日

登録番号 第一九九八三五五号

(2) 実用新案登録請求の範囲

本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲は、別紙実用新案公報(以下「本件公報」という。)写の該当欄記載のとおりである。

(二) 原告会社は、原告中山から本件考案について独占的通常実施権の設定を受け、本件考案の実施品であるO脚歩行矯正具を販売している。

(三) 被告持田商工株式会社(以下「被告持田」という。)は、平成五年二月以降、別紙被告物件目録(以下「別紙目録」という。)記載の靴の中敷き(以下「イ号物件」という。)を製造販売している。

(四) 被告株式会社大和ヘルス社(以下「被告大和」という。)は、平成五年二月以降、被告持田から購入したイ号物件の卸販売をしている。

2  本件考案の構成の分説

本件考案の請求項(1)の構成は、次のように分説される。

a 靴履装者の足裏「かかと」部が接触する部位に設けられ、「かかと」部分の最外側となる部位に位置して、最も高く隆起した最高隆起部Hと、最高隆起部Hから最内側部分及び足裏中央部に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B、Cとを備えるO脚歩行矯正具である。

b O脚歩行矯正具の前記「かかと」部分における最後部の位置に、前記最高隆起部Hからなだらかに傾斜する斜面を介して連なり、足裏が最初に着地する高低差を有しない部位Aを設けている。

c 該O脚歩行矯正器具は、靴を履いて歩行した際に履装者の脚内側に向けて体重を確実に掛けさせるよう構成したことを特徴としている。

3  イ号物件の構成の分説(なお、イ号物件の説明に引用する別紙目録添付図面については、「別紙目録の」との記載を省略することがある。)

靴履装者の足裏の「かかと」部などと接触するために、第1図に示すように靴の中底の形状に沿って形成され、「かかと」部分(足裏の「かかと」部に対応する部分)において、第1図の一点鎖線に示す外側領域(靴を履装した場合の外側領域)に隆起部を有しており、該隆起部のうち、最も高く隆起する最高隆起部の最外側となる位置のP点から隆起部に対する略平面形状をなす内側領域(靴を履装した場合の内側領域)の最内側となる位置のQ点に向かう切断線Bに沿う切断面が、第2図に示すような形状を呈し、前記P点から、足裏中央に位置するR点に向う切断線Cに沿う切断面が、第3図に示すような形状を呈する靴の中敷である。

該靴の中敷の後端部の位置のS点と前記P点とを結ぶ切断線Dに沿う切断面が、第4図に示すような形状を呈し、後端側からの側面図の上側面が、第5図に示すような平面形状と斜面形状とを呈している。

4  本件考案とイ号物件との対比

(一) 構成要件aの充足

(1) イ号物件の構成では、靴履装者の足裏(かかと)部などと接触するために、「かかと」部分において、第1図の一点鎖線に示す外側領域(靴を履装した場合の外側領域)に隆起部が存在するとともに、該隆起部の内、最も高く隆起する最高隆起部が存在する。

したがって、イ号物件は、構成要件aのうち、「靴履装者の足裏「かかと」部が接触する部位に設けられ、「かかと」部分の最外側となる部位に位置して、最も高く隆起した最高隆起部H」を具備している。

(2) また、イ号物件では、第1図に示す最高隆起部に属する最外側となる位置のP点から、隆起部に対する略平面形状をなす内側領域(靴を履装した場合の内側領域)の最内側となる位置のQ点に向かう切断線Bに沿う切断面が、第2図に示すような形状を呈しており、前記P点から足裏中央に位置するR点に向かう切断線Cに沿う切断面が、第3図に示すような形状を呈している。

第2図に示す切断面の上側部は、最高隆起部から最内側部分に向けてなだらかに傾斜しており(第2図の切断面の周囲が、第2図と略同様になだらなかな傾斜面を形成していることは、第5図からも察知できる。)、当該切断面の上側部及びその周囲は、なだらかに傾斜する斜面が介在しており、第3図に示す切断面の上側部もまた、最高隆起部から足裏中央に向けてなだらかに傾斜しており、当該切断面の上側部及びその周囲は、なだらかに傾斜する斜面が介在している。これらはそれぞれ、最高隆起部から最内側及び足裏中央方向に「なだらかに傾斜する斜面として形成される部位」を備えていることを示している。

したがって、イ号物件は、構成要件aのうちの「最高隆起部Hから最内側部分及び足裏中央に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B、Cとを備える」との要件を具備している。

イ号物件も、O脚気味の状況を修正することを目的とするO脚歩行矯正器具としての機能を有しているから、構成要件aの「O脚歩行矯正具」の要件を具備している。

(3) 以上により、イ号物件は構成要件aを充足している。

(二) 構成要件bの充足

(1) イ号物件では、後端部に位置するS点とP点とを結ぶ切断線Dに沿う切断面が第4図に示すような形状を呈し、後端側からの側面図の上側面が第5図に示すような平面形状と斜面形状とを呈しており、前記S点及びその付近には、別紙参考図の斜線領域及び斑点領域に示すような「足裏が最初に着地する部位A」が存在する。

(2) 第4図に示す切断面の上側部がなだらかに傾斜しており、当該切断面の上側部及びその周囲はなだらかに傾斜する斜面を呈しており(第4図の切断面の周囲が、第4図と同様になだらかな傾斜面を形成していることは、第5図からも察知できる。)、このようななだらかに傾斜する斜面状況は、第1図の一点鎖線に囲まれる隆起部の境界領域内において形成されている以上、前記部位Aは、「最高隆起部Hからなだらかに傾斜する斜面を介して」連なっており、かつ別紙参考図からも明らかなように、前記部位Aは、最高隆起部及びなだらかに傾斜する斜面以外の「高低差を有しない部位」に相当する。

(3) したがって、イ号物件は構成要件bを充足している。

(三) 構成要件cの充足

イ号物件では、第1図の一点鎖線に示す外側領域に隆起部を有し、逆に該一点鎖線の内側領域が第5図に示すように、前記隆起部よりも低い平面領域を形成していることから、靴を履いて歩行した際に、履装者の足の内側に向けて体重を確実に掛けさせるよう構成している。

したがって、イ号物件は構成要件cを充足している。

(四) 以上により、イ号物件は本件考案の技術範囲に属する。

5  原告会社の蒙った損害

(一)(1) 被告持田は、本件考案の出願公告がなされた平成五年三月一七日以降、イ号物件を少なくとも一万九六六四セット製造し、一セット当たり八八〇円で販売しており、合計一七三〇万四三二〇円の売上を上げた。他方、イ号物件一セット当たりの製造原価(原反作成プレスカット、インジェクション成型、半敷き接着プレスカット、アッセンブリーの各費用合計)は、658.4円であり、一万九六六四セット合計で一二九四万六七七七円となる。

(2) 被告持田は、右売上高から製造原価を控除した四三五万七五四三円の利益を受けている。したがって、原告会社は、実用新案法二九条一項の類推適用により、同額の損害を被ったことが推定される。

(二)(1) 被告大和は、リープロジェクト名義で被告持田からイ号物件を一万九六六四セット仕入れ、仕入れ総額は一七三〇万四三二〇円である。一万九六六四セットのイ号物件は、リープロジェクト名義から被告大和名義に売却された形式となっており、その販売総額は二一八六万四一一四円であり、リープロジェクト名義の利益は四五五万九七九四円である。

また被告大和は、右イ号物件のうち一万六五六二セットを販売し(在庫三一〇二セット)、総売却額は二二八一万〇一八二円であり、三五五万二一八二円の利益を上げている。

(2) よって、被告大和は、右合計八一一万一九七六円の利益を挙げており、原告会社は、二九条一項の類推適用により、同額の損害を被ったことが推定される。

6  結論

(一) よって、原告中山は平成五年法律第二六号による改正前の実用新案法(以下「改正前実用新案法」という。)二七条に基づき、

(1) 被告持田に対し、イ号物件の製造販売の差止めとその製造に供した金型の廃棄を、

(2) 被告大和に対し、イ号物件の販売の差止めとイ号物件の廃棄を、

(二) 原告会社は民法七〇九条に基づき、

(1) 被告持田に対し、金四三五万七五四三円の損害賠償金とこれに対する不法行為の後であり本訴状送達の日の翌日である平成六年五月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を、

(2) 被告大和に対し、金八一一万一九七六円の損害賠償金とこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年五月二八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を、

それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  請求原因4のうち、イ号物件が構成要件cを充足することは認めるが、その余は争う。イ号物件は、構成要件aにいう「部位B」及び構成要件bにいう「足裏が最初に着地する高低差を有しない部位A」を有しない。

5  請求原因5(原告会社の損害)について

(一) 同(一)(1)の各数額は認め、(2)は争う。製造原価には、金型費用と販売費及び一般管理費も含めるべきであり、これらを差し引くと、被告持田は利益を得ていない。

(二) 同(二)(1)は、原告会社が主張する利益額が粗利益であるとの限度で認め、同(2)は争う。被告大和がイ号物件を販売するに際しては、販売費及び一般管理費として合計三六四万九六二九円を要しており、同社の利益額は四四六万五〇四七円にとどまる。

三  被告らの主張

1  構成要件aの非充足性

イ号物件においては、「かかと」部分の最外側となる部位に位置して、最も高く隆起した最高隆起部から続く隆起は、「かかと」部分を横断せずその中途部にとどまり、残余の部位は矯正具の他の部位と同一平面に構成されている。この点においてイ号物件は、構成要件aのうち、「最高隆起部Hから最内側部分……に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B」を有しない。

(一) 「斜面」とは、ある一地点と他の一地点とを結ぶ面として捉えられ、そこには始点と終点が必ず存在する。構成要件aでは、最高隆起部Hから「最内側部分」に向けた斜面と構成されているところ、漫然と「内側」と記載した場合には、「内側」という言葉は一定の領域を指し、外側以外の無数の点を想定することができるが、「最内側」と記載したに想定される地点は、無数の点のうち最も内側に位置する点(正確には、矯正具の端部に沿った一定の長さを有する線)であることは明らかである。したがって、本件考案にいう「最高隆起部Hから最内側部分……に向け、なだらかに傾斜する斜面」とは、矯正具の「かかと」部分を、最高隆起部Hから最内側部分まで横断するものと一義的に解釈すべきである。本件公報中の第一図及び第二図にもそのような斜面を有する隆起が開示されており、それ以外のものは開示されていない。

(二)(1) 仮に、「最高隆起部Hから最内側部分……に向け」との記載を、「最内側部分」まで到達しているという趣旨ではなく、これに向かっていることで足りるとすると、中途で終了した傾斜面と矯正具の平坦な部位とで段差が生じ、構成要件aの「なだらかに傾斜する斜面として形成される」との要件を欠くことになる。したがって、右のように解釈することはできない。

(2) また、本件明細書では、「靴の中敷のかかと対応部に、外側を高くまた内側を低くするだけの単なる高低差を付与したものを試作し、これを実際に試用してみた。しかし、単に高低差を中敷に付しただけでは、本品使用者は当然足裏外側より着地するため、この部分に高低差をつけると、足裏と本品とが馴染まず滑ってしまい、かえって内側に力を集中さす意図が薄れて、所期の効果を得られないことを確認した。」(本件公報第四欄一六行ないし二四行)とし、本件考案では、足裏の着地部分が滑らずに円滑に着地させるため、高低差を有しない部位Aを足裏のかかと部に対応する部位の最後部に置いたとされている(本件公報第五欄三一行ないし三三行、三七行ないし三八行)。そして、傾斜面が最内側部分に到達せず中途でとどまる矯正具では、足裏と本品とが馴染まず滑ってしまう現象は生じないから、「高低差を付与したもの」は、傾斜面が最内側部分に到達している矯正具のみを指すことになる。もし、傾斜面が「最内側部分」まで到達する必要はないと解釈するならば、高低差を有しない部位Aを設けることによって足裏の円滑な着地を達成させている以上、部位Aに関する構成要件bは不要となる。

しかも、本件考案の請求項(1)は、平成四年八月四日に発送された拒絶理由通知書に対応して同年一〇月五日付け手続補正書によって補正されたものであるが、右拒絶理由において引用された公知刊行物には、かかと対応部に、最外側から最内側に到達した傾斜部を設ける技術が開示されている。原告中山は、右補正書と同時に提出した意見書において、引用例に右技術が開示されていることを認めた上で、本件考案の構成要件bの存在を強調しているが、もし傾斜面が最内側部分に到達せず、足裏かかと部分の中途部位にとどまっている矯正具が本件考案の技術的範囲に属するというのであれば、そのような矯正具は、明らかに右引用例と相違するとともに構成要件bを要しないで「足裏との馴染みを易くする」作用効果が得られるのであるから、この点を意見書で主張してしかるべきである。しかしながら、原告はこのような主張をしておらず、右審査経過からすれば、補正後の請求項(1)の前段の「……矯正具であって」との記載は、従来の問題点を内在した公知技術を記載したもの、すなわち、かかと対応部に最外側から最内側部分に到達した傾斜部を設ける技術を記載したものであり、これが後段の構成要件(部位A)により解消されると解するのが理に適っていると判断せざるを得ない。

(三) 原告らは、「最高隆起部Hから……足裏中央部に向け」と表現される「部位C」について、傾斜部は足裏中央部まで到達していない旨指摘するが、原告らの主張の根拠となる「足裏中央部」がどこを指すのかについては本件明細書では明かでないし、「中央部」といった場合には一定の広がりをもった領域を指すから、内側の中の最も内側という明確な地点を指す「最内側部分」と同一視することはできない。

2  構成要件bの非充足性

原告らは、部位Aは、足裏が本件考案の矯正器具を介して最初に着地する部位であり、別紙参考図の斜線領域及び斑点領域を構成要件bにいう「足裏が最初に着地する高低差を有しない部位A」であるとする。

(一) しかしながら、構成要件bにおける「着地」とは、足裏の矯正具に対する着地を意味するものであり、「矯正器具を介して着地する」との原告らの主張は、靴底の地面に対する着地を指すものであって、これらを混同することはできない。何々が何々に着地するといった場合、そこには、着地すべき物体とそれが着地すべき対象物の二つが存在しなければならず、矯正具を用いた靴履装者が歩行する際には、足裏は矯正具に着地し、靴底は地面に着地するという二つの着地が生じることになる。構成要件bは「足裏が最初に着地する高低差を有しない部位A」と表現されているのであるから、この文理に従った場合、明らかに着地すべき物体は足裏であり、着地すべき対象物は部位Aである。

しかも、本件考案は、常に足裏との馴染みが問題となるような矯正具を対象とし、足裏がこれに馴染まず滑ってしまうという問題点の解消を図っており、拒絶理由通知に対してなされた前記意見書においても、「(引用例は)……踵部が最初に着地して体重が掛かる部分が傾斜していることになる。」との主張に続いてその欠点を指摘しており、原告中山も、構成要件bにおける「着地」が足裏の矯正具に対する着地であり、「接触」ではない体重をかけて踏みしめる現象であることを自認している。

(二) そして、別紙参考図の斜線領域及び斑点領域は、イ号物件の内側領域にとどまり、外側領域には隆起部(別紙参考図において一点鎖線で示される領域)が存在し、イ号物件において足裏が最初に着地するのは、この隆起部分であって、右斜線領域及び斑点領域ではない。なぜなら、この隆起部は斜線領域及び斑点領域に比べてより足裏に近く、O脚又はO脚気味の人は歩行の際に足裏の外側から着地する(本件公報第五欄二九行ないし三〇行)からである。しかも、O脚又はO脚気味の人は足裏の外側から着地するから、本件考案の効果を奏するためには、高低差を有しない部位は矯正具の外側領域(足裏の外側に対応する領域)に設けられることが当然予想されているが、イ号物件における「高低差を有しない部位」(斜線領域及び斑点領域)は内側領域に存在する。また、イ号物件における隆起部は、一点鎖線で示される範囲内において傾斜もしているのであるから、イ号物件において足裏が最初に着地する部位が「高低差を有しない部位」とも言えない。

したがって、イ号物件には、「足裏が最初に着地する高低差を有しない部位A」に該当する部位は存しない。

(三) なお、原告らも主張するとおり、イ号物件のように、足裏かかと部の着地する領域において、内側の平坦部と外側の隆起部が存在し、当該部分がなだらかな斜面によって接合されているとともに内側の平坦部が約半分以上の割合を占めている場合には、たとえO脚又はO脚気味の靴履装者においても、足裏かかと部は外側の隆起部だけでなく内側の平坦部にも接触し得ることになろう。しかしながら、これは足裏かかと部が矯正具の最後部に完全に着地した後の状態(最初に着地する箇所で滑り現象を生じた後における現象)であり、本件考案において問題とされる足裏かかと部が最後部に最初に着地した時の現象ではない。

本件考案において想定している「滑ってしまい」という現象は、まさに着地せんとして足を踏みしめた瞬間における、矯正具の「かかと」部分における最後部の位置での足裏の滑り現象を捉えているのであるから、最初に着地する対象はあくまでも隆起部であり、平面部はその後に着地することになる。

3  被告らの上げた利益(損害額)

(一) 被告持田の利益

(1) 被告持田は、イ号物件(一万九六六四セット)を製造した際、原告会社が指摘する費目の製造原価(一セット当たり658.4円)のほか、金型費用(一セット当たり二一八円)と販売費及び一般管理費(一セット当たり144.32円)を要しており、被告持田の利益を算定するに際しては、これらも控除すべきである。

(2) 実用新案法二九条一項は、民法七〇九条の不法行為の特則としての損害額の推定規定にすぎないから、権利者の損害を超える部分についてまでの請求を認める規定ではない。権利者が商品を生産し、その利益額を計算する場合には、製造に要した金型費用や販売費及び一般管理費は当然費用として計上され、粗利益から控除して利益を計算することは明らかであるから、金型については原価償却の問題はあり得るとしても、侵害者の側についても右費用を控除した純利益が、実用新案法二九条一項の「利益」にあたると解すべきである。

(3) 被告持田は、イ号物件(一万九六六四セット)を製造するに際し、左の過程で金型を使用しているので、その代金を控除する必要がある。

① 原反作成プレスカット  荒刃用部品カット用金型  二八万円

② インジェクション成型  インジェクション金型  二五〇万円

③ 半敷き接着プレスカット 半敷き金型刻印金型   一五八万円

右合計額を製造販売した約二万セットで割ると、一セット当たり二一八円となる。

(4) また、被告持田の平成五年度(平成五年三月一日から平成六年二月二八日)の販売費及び一般管理費は総売上の16.4パーセントであり、イ号物件の一セットの販売額八八〇円のうち144.32円がこれにあたる。

(5) したがって、被告持田は、左の通り利益を上げていない。

880円−(658.4円+218円+144.32円)=−140.72円

(二) 被告大和の利益

被告大和の平成五年度(平成五年四月一日から平成六年三月三一日)の販売費及び一般管理費は総売上の16.0パーセントであり、イ号物件の総売却額(二二八一万〇一八二円)にこれを乗すると三六四万九六二九円となるから、同社の利益額は、四四六万五〇四七円にとどまる。

四  原告らの反論

1  構成要件aの充足性

(一) 「向かう」という用語は、「目指して進む」、「赴く」(目標に向かって行く)、「近付く」という趣旨であるから、「最高隆起部Hから最内側部分……に向け」とは、「なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B」が矯正具の「最内側部分」まで到達している趣旨ではなく、これに向かっていると解するのが当然の文理解釈である。もし、構成要件aにおける「向け」が、通常の用法とは異なり、特定の到達点に至るとの趣旨で用いられているのであれば、本件明細書にその旨の記載あるいはこれを示唆する記載があってしかるべきであるが、そのような記載はない。被告らの主張に従えば、「部位C」も「足裏中央部」に到達していなければならないが、実施例においても「部位C」は「足裏中央部」まで到達していない。

かえって、構成要件cでは、「履装者の脚内側に向けて体重を確実に掛けさせる」とされ、本件明細書では、「中敷10の……伴う力を外側から内側に向かわせるべく機能する。」(本件公報第五欄三七行ないし四〇行)、「すなわち、O脚気味の人は、……中央部分に向けなだらかに傾斜するC部分により、親指方向へ力を向けさせるものである。」(本件公報第六欄七行ないし一一行)と記載されており、いずれも力を特定の方向に向けさせる趣旨で用いられているから、構成要件aにおける「向け」との表現も、同じ趣旨に解すべきである。また、構成要件bでは、「最高隆起部Hからなだらかに傾斜する斜面」は「高低差を有しない部位A」に到達していなければならないが、この場合には「連なり」と表現されており、「向け」という表現とは明瞭に峻別されている。

(二) 最高隆起部Hから最内側部分に向けてなだらかに傾斜する斜面として形成される部位Bを備えるのは、着地後の体重移行に伴う力を外側から内側に向かわせるためであって(本件公報第五欄三四行ないし四〇行)、このような部位Bの機能は、その傾斜面が最内側部分まで形成されているか否かによって左右されるものではなく、いずれの場合であっても右機能は発揮される。したがって、傾斜面が足裏かかと部の中途部分にとどまり、その内側が平面として構成されているイ号物件を、本件考案が排除することはない。

2  構成要件bの充足性

(一) 本件考案のO脚歩行矯正具は、靴履装者の足裏と接触することを当然の前提としており、足裏が靴及び靴の中敷たるO脚歩行矯正具を介さずして直接着地することはあり得ない。本件明細書でも、「中敷10の最後部であるA部分において、歩行者の足裏を先ず円滑に着地させた後、その体重を移行させる際に伴う力を、外側から内側に向かわせるべく機能する。」(本件公報第五欄三七行ないし四〇行)と記載され、部位Aにおいて足裏の着地が行われることを明示しており、これは、足裏がO脚歩行矯正具を介して着地することにほかならないし、「部位A」は、あくまで本件考案のO脚歩行矯正具を靴底に敷いた場合における足裏と対応した位置について規定しているものである。

(二) 着地部位Aに高低差を設けていないのは、「足裏との馴染みを易くするため」(本件公報第五欄二七行ないし二八行)であり、これは、足裏が最初に着地する部分すべてが外側から内側に高低差が設けられていた場合には、「足裏と該高低部分が馴染まず滑ってしま」う(本件公報第五欄三一行ないし三二行)ことに由来する。

足裏が最初に着地する部位に、平坦部だけでなく矯正具の外側に隆起部も存在する場合、たとえO脚又はO脚気味の靴履装者でも、足裏かかと部は外側の隆起部だけでなく内側の平坦部にも接触し得るのであり、イ号物件のように、足裏が最初に着地する部分において内側の平坦部が約半分の割合を占めている場合には、足裏かかと部が内側の平坦部にも接触することになるから、着地に際し、当該平坦部との接触によって足裏後端が内側方向に滑ることなく安定した状態で支えられ、「足裏との馴染みを易くする」作用効果が生じていることは間違いない。

本件考案の実施例においても、部位Aの外側には内側方向への傾斜面が存在するのであるから、足裏が最初に着地し、かつ高低差を有していない後端部よりも外側の領域においても傾斜面が存在することは当然予定されており、この点ではイ号物件も変わりがない。

(三) したがって、イ号物件は、構成要件bにおける「部位A」を有している。

3  被告らの上げた利益(損害額)

(一) 実用新案法二九条一項は、権利者側が具体的な損害を立証することは極めて困難であるから、侵害者が侵害行為によって受けている利益の額を損害額と推定するという政策的な配慮に基づく規定と解されている。この規定の前提には、侵害者によって得られた利益は、本来であれば実用新案権者がその考案の実施によって得ることのできた利益に相当するという蓋然性が存在するものというべきである。

原告会社は、本件考案に基づくO脚歩行矯正具の原材料を自ら購入し、これを下請会社に供給して個々の製品として完成させ、第三者に販売しているから、原告会社においては、金型費用はもとより被告らが主張している抽象的な販売費及び一般管理費は何ら費やされていない。

(二) また、侵害訴訟においては、侵害品たる対象物件の製造に要した金型は廃棄の対象物であって、この点では侵害品又はその半製品と何ら変わりはない。このような廃棄の対象物は法的保護に値しないから、金型費用を製造に要した費用として計上することが是認されるのであれば、当該経費分だけ損害賠償責任を免れ、ひいては金型に投資した経費が法的に保護されることと同一の結果に帰する。この点からしても、被告持田が主張する金型費用は控除されるべきではない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。

二  本件考案とイ号物件との対比について

1  構成要件aについて

(一)  イ号物件は、靴の中敷きであり、当該中敷きを入れて靴を履いた者の足裏「かかと」部が接触する部分(「かかと」部分)において、第1図の一点鎖線に示す外側領域に隆起部が存在するとともに、該隆起部の内、最も高く隆起する最高隆起部が最外側の位置P点を含む範囲に存在するから、イ号物件は、構成要件aのうち、「靴履装者の足裏「かかと」部が接触する部位に設けられ、「かかと」部分の最外側となる部位に位置して、最も高く隆起した最高隆起部H」を備えている。

(二)  また、イ号物件は、第1図に示す最高隆起部の最外側となる位置のP点から、足裏中央に位置するR点に向かう切断線Cに沿う切断面が、第3図に示すような、最高隆起部の平坦部からゆるやかな傾斜部に移行し、次いで低部の平坦部が続く形状を呈するから、構成要件aのうち、「最高隆起部Hから足裏中央部に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位C」を備えている。

(三)  そこで、イ号物件が、「最高隆起部Hから最内側部分に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B」を備えているかどうかにつき検討する。

(1) 一般に「向け」という語は、ある点を基準として「〜の方向へ」向かうあるいは向かわせるとの意味で用いられ、必ずしもある点から他の点まで到達することまでは意味しないと解される。

また、本件明細書には「最内側部分」の定義の記載はなく、かえって、実施例について「符合Hで示す部分は、「かかと」部分12の最外側部となる部位であって、中敷10の高低差のない表面に対して最も高く隆起しており、……この最高隆起部Hは、或る程度平坦面を有する」と記載されている(本件公報第五欄一六行ないし二二行)。右記載によると、本件考案では、「最外側部」は、最外側の線を含んだある程度の広がりをもった領域として把握されているものと認められる。更に、本件明細書には、実施例についての説明として「中敷10の符合Bで示す部分は、前記の最高隆起部Hから中敷10の内側部分に向けて、なだらかに傾斜する斜面として形成されている。」(本件公報第五欄三四行ないし三六行)との記載もある。してみると、「最内側部分」とは、そもそも被告らが主張するように、矯正具のかかと部分における内側端部に沿った一定の長さを有する線であると解釈しなければならない訳ではなく、むしろ、最内側の縁を含むある程度広がりをもった部分であると解釈することができる。

(2) また、本件明細書には、部位Bを設けた技術的な理由について次のように記載されている。

① 「O脚またはO脚気味の人は、第5図aに示す如く、歩行に際して足裏の外側に偏った部位から先に着地するため、この部位に最も体重が掛かり易くなっている。」(同第三欄七行目ないし一〇行目)

② 「考案者は、O脚またはO脚気味であっても、外見的な歩行姿勢をスマートに矯正し得る手段について種々試行を重ねた結果、例えばO脚の人に一般に見られる「外側に偏った体重移動」を無くするためには、歩行に際し初めに着地し、かつ体重が最初に掛かってくる「かかと」の部分が重要な役割を果たしている、との結論を得た。すなわち、「かかと」の外側を高くまたは内側を低くすることにより、低いところに力が掛かり、従って左右の膝、大腿等全体が内側に引き寄せられるという理屈に到達するに至った。」(同四欄第五行ないし一五行)

③ 「中敷10の符合Bで示す部分は、……中敷10の最後部であるA部分において、歩行者の足裏を先ず円滑に着地させた後、その体重を移行させる際に伴う力を、外側から内側に向かわせるべく機能する。従ってこの部分で、膝や大腿足全体が、第5図bに示す如く、内側にひきよせられることになる。」(同第五欄三四行ないし四二行)

④ 「本考案に掛かるO脚歩行矯正具によれば、以下の優れた利点を有する。……(2)O脚の矯正が出来る。歩くだけで、それまで外に向かっていた力が内側に向かうことになり、脚(膝、大腿)を内側に引き寄せる力が作用するので、O脚の矯正が出来る。」(本件公報第七欄八行ないし二六行)

これらの記載からすれば、部位Bは、歩行(着地)の際、足裏のかかと部分の外側に体重が掛かりやすいO脚又はO脚気味の人の体重移行に伴う力を、最高隆起部Hから最内側部に向けて形成させた斜面によって外側から内側に向かわせる機能を有することが開示されていることが看てとれるが、部位Bがこのような機能を発揮するためには、最高隆起部Hから最内側部の方向へなだらかに傾斜する斜面を構成するものであれば足り、右傾斜面は必ずしも矯正具のかかと部分を横断して最内側端部にまで到達している必要はないと解される。

(3)  右(1)、(2)によれば、本件考案の構成要件a中の部位Bは、最高隆起部Hから最内側部分の方向へなだらかに傾斜する斜面の部分であり、必ずしも最内側端部に到達していることを要しないものと解するのが相当である。イ号物件も、歩行の際に靴履装者の脚内側に向けて体重を確実に掛けさせるように構成されていることは当事者間に争いがなく、最高隆起部の最外側となる位置のP点から隆起部に対する略平面形状をなす内側領域(靴を履装した場合の内側領域)の最内側となる位置のQ点に向かう切断線Bに沿う切断面が、第2図に示すような、最高隆起部の平坦部からゆるやかな傾斜部に移行し、半ば過ぎから低部の平坦部が続く形状を呈しているのであるから、イ号物件は、構成要件aのうちの「最高隆起部Hから最内側部分に向け、なだらかに傾斜する斜面として形成される部位B」を備えるものと認められる。

(4) 被告らは、イ号物件は、最高隆起部からの傾斜面がかかと部分の中途にとどまり、その箇所で矯正具の平坦部と段差が生じているから、「なだらかに傾斜する斜面として形成される」との要件を欠くと主張するが、本件考案の矯正具は、靴の中敷等として用いられるのであるから、靴の履き心地を良くするために「なだらかに傾斜する斜面」とする必要があると考えられるうえに、右に見たように、スムーズな体重移行を実現することが「部位B」の機能であるから、「なだらかに傾斜する斜面」とは、最高隆起部Hと平坦部との間に極端な段差が存在することを排除する趣旨に過ぎないものと解され、被告らの右主張は理由がない。

本件考案の実施例の図面である第一図ないし第四図では、最高隆起部Hから形成される斜面は矯正具のかかと部分を横切り、その最内側端部に到達している状況が示されている。しかしながら、右各図面に示されているのは本件考案の実施例であって、そこに右のような態様の図面しか開示されていないからといって、直ちに本件考案が右の態様に限定される理由はない。

また、被告らは、前記事実欄第二の三1(二)(2)のとおり、斜面が「最内側部分」まで到達する必要がないと解釈するならば、「高低差を有しない部位A」に関する構成要件bは不要であるとし、この点を前提として本件考案の審査経過における原告中山の主張態度に言及するが、後述のとおり本件考案では、「部位A」は「部位B」とは異なる機能を有する別個独立した要件として構成され、斜面が矯正具のかかと部の中途にとどまりその余の部分が平坦になっているからといって、「部位A」が不要となるわけではないから、この点に関する被告らの主張も理由がない。

(四)  原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証の一ないし五、成立に争いのない乙第八号証によれば、被告らはイ号物件を「ピエシャルマン」の商品名でO脚歩行矯正用のインソールとして宣伝販売していることが認められるから、イ号物件は構成要件aの内「O脚歩行矯正具」であることを具備する。

(五)  右(一)ないし(四)のとおりであるから、イ号物件は構成要件aを充足する。

2  構成要件bについて

(一)  本件明細書では、「歩行に際し初めに着地し、かつ体重が最初に掛かってくる」のは、「かかとの部分」である旨記載されている(本件公報第四欄九行ないし一〇行)。また、実施例の図面である本件公報の第一図ないし第四図では、かかと部分の最後部に、部位Aとともに最高隆起部Hから部位Aに連なる斜面が図示され、本件明細書では、実施例の説明として、部位Aについて、「中敷10において、符合Aで示す最後部の部分は、靴履装者の足裏が最初に着地する部分である。」(本件公報第五欄二五行ないし二六行)、「中敷10の最後部であるA部分において、歩行者の足裏を先ず円滑に着地させ」(同欄三七行ないし三八行)とそれぞれ記載されている。しかも、後述するとおり、部位Aは、足裏と矯正具との滑り現象を防止するために設けられているものと認められるが、このような現象は、歩行者の体重が足裏のかかと部分に掛かって初めて生じるものと考えられるのであって、靴底の地面に対する着地と切り離し、足裏が矯正具に接触しただけで生じる現象とは考えられない。

してみると、構成要件bにおける「足裏が最初に着地する」との記載は、通常の歩行動作ではかかとの後端部分がつま先部分やかかとのその余の部分よりも先に着地するという、足裏の前後についての着地時間の先後関係を述べたもので、足裏のかかとの後端部分における外側と内側の微細な着地の先後までをも指すものではなく、かかとの一部の着地開始の瞬間からわずかの時間で至るかかと後端部分の横幅方向全体の着地が完了する時点までを含めた趣旨での、足裏の最初の着地を意味するものと解すべきである。「足裏が最初に着地する……部分A」とは、O脚歩行矯正具を使用して歩行する者の足裏が矯正具及び靴底を介して右の趣旨で最初に着地する部分に対応する矯正具の部位Aを意味するものと解するのが相当である。

(二)  本件明細書では、「部位A」を設けた理由に関し、「靴の中敷のかかと対応部に、外側を高くまた内側を低くするだけの単なる高低差を付与したものを試作し、これを実際に試用してみた。しかし、単に高低差を中敷に付しただけでは、本品使用者は当然足裏外側より着地するため、この部分に高低差をつけると、足裏と本品とが馴染まず滑ってしまい、かえって内側に力を集中さす意図が薄れて、所期の効果を得られないことを確認した。」(本件公報第四欄一六行ないし二四行)、「中敷10において、符合Aで示す最後部の部分は、靴履装者の足裏が最初に着地する部分である。このA部分は、足裏との馴染みを易くするために高低差は設けていない。すなわち、前述した如くO脚またはO脚気味の人は、その歩行に際し足裏の外側より着地するものであり、この部分に高低差を設けると、足裏と該高低部分とが馴染まず滑ってしまい、足裏内側に力を向ける意図が薄れ効果が半減するからである。」(本件公報第五欄二五行ないし三三行)と記載され、また、部位Aは「歩行者の足裏を先ず円滑に着地させ」(同欄三八行)る効果を有する旨記載されている。そして、前記最高隆起部Hから部位Aにかけて形成される「なだらかに傾斜する斜面」については、「なお、前記最後部Aから最高隆起部Hに向けて傾斜が付されており、この部位は、最後部Aに着地した後の足裏に加わる体重を外側に向かわせることなく、符合Bで示す部位での内側へ向かわせる作用を補助するべく機能する。」(本件公報第五欄四三行ないし第六欄三行)と記載されている。

さらに、本件公報の第一図ないし第四図では、実施例として高低差を有しない部位Aは、矯正具の横幅方向に平行に切取られたような円弧状(高低差を有しない部位Aの外側に隆起部が存在しない状態)で形成されているのではなく、部位Aの外側及び前方に最高隆起部Hに至る隆起部(傾斜)が存するように、かかと部分の内側に回り込むように位置していることが図示されている。

前記(一)における検討に加え、本件明細書のこれらの記載や図示からすると、構成要件bにいう「部位A」は、かかとの一部の着地開始の瞬間からわずかの時間で至るかかと後端部分の横幅方向全体の着地が完了する時点までを含めた足裏が最初に着地する際に、足裏の滑り現象を防止し、その後に体重を内側に向けさせる部位Bの作用を補助すべく機能するよう設けられなければならず、そのためには、単に「足裏が最初に着地する」部位が「高低差を有しない」、すなわち、隆起部や傾斜面でなく平坦であるものと構成するだけではなく、かかる部位Aの外側及び前方部分に、部位Aに連なる「前記最高隆起部Hからなだらかに傾斜する斜面」が存在するように位置することが必要であると解される。

(三) そして、イ号物件では、別紙参考図のとおり、かかと部分の最後部の位置の足裏が最初に着地する部位に、隆起部や傾斜面でなく平坦な斜線領域及び斑点領域が設けられ、この平坦部は最高隆起部からなだらかに傾斜する斜面を介して連なっていることが認められるとともに、イ号物件においても、右平坦部の外側及び一部ではあるが前方に一点鎖線で示される隆起部分が存在する(右平坦部分の最後部が外側方向に張り出ている)のであるから、「O脚歩行矯正具の前記「かかと」部分における最後部の位置に、前記最高隆起部Hからなだらかに傾斜する斜面を介して連なり、足裏が最初に着地する高低差を有しない部位Aを設けている。」との構成要件bを充足するものと認められる。

3 イ号物件が、構成要件cを充足することは当事者間に争いがない。

4 よって、イ号物件は、本件考案の技術的範囲に属する。

三1  以上によれば、被告らによるイ号物件の製造ないし販売は、本件実用新案権を侵害するものである。成立に争いのない乙第八号証及び乙第九号証によると、被告持田は平成六年三月一日以降イ号物件の製造販売をしていないことが認められ、また、被告大和も遅くとも平成七年四月以降はイ号物件の販売をしていないことが認められるけれども、被告らは本件において右侵害の事実を争っている以上、本件実用新案権侵害行為を行うおそれが認められるから、原告中山の被告らに対するイ号物件の製造及び販売の差止請求は理由がある。また、被告持田がイ号物件の製造に供した金型を既に廃棄したことを認めるに足りる証拠はなく、被告大和がイ号物件の在庫商品を保有していることは当事者間に争いがないから、原告中山の被告持田に対する右金型の廃棄請求及び被告大和に対するイ号物件の廃棄請求も理由がある。

2 原告会社は、原告中山から本件考案の独占的通常実施権の設定を受けていることは当事者間に争いがなく、原告会社は、本件考案の実施品の製造販売による市場及び利益を独占することができる法的利益を有するから、被告らによるイ号物件の製造ないし販売は右利益を侵害するものである。改正前実用新案法三〇条により準用される特許法一〇三条は、「他人の特許権又は専用実施権を侵害した者は、その侵害の行為について過失があったものと推定する。」と規定している。右規定の趣旨は、特許発明についてはその存在及び内容が公示されているから、業として新たに製品の製造、販売等を行い又は新たに方法の使用を行おうとする者は、その製品又は方法が他人の特許権を侵害するか否かを右公示に基づいて調査することが可能であり、そのような調査を行うべきものであるとして、その製品又は方法が、他人の特許権又は専用実施権を侵害するものである場合には、調査を怠ったか、調査に基づいて適切な判断をしなかった等の過失があるものと推定するものである。このように、右推定規定の根拠が、特許発明の存在及び内容が公示されていることにあり、それが何人の権利であるかが公示されていることにはないから、特許発明の権利者として公示されない独占的通常実施権者の法的利益の侵害行為についても、右規定を類推適用すべきものである。

したがって、被告らの原告会社の独占的通常実施権を侵害した行為は、過失に基づくものと推定されるから、被告らは原告会社に対し、被告らの行為によって原告会社の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

四  原告会社の蒙った損害

1 実用新案法二九条一項が、実用新案権又は専用実施権の侵害行為によって発生した権利者の損害額の立証が困難であることに鑑み設けられた政策的規定であり、その趣旨は後記2(二)(1)に示すとおりであると認められる。同項の推定規定が設けられた政策的目的及び推定を裏付ける社会的事実は、侵害されたのが登録実用新案の独占的通常実施権であっても変わることはないから、独占的通常実施権の侵害による損害の賠償請求の場合においても、実用新案法二九条一項を類推適用しうるものである。

2  被告持田が得た利益について

(一) 被告持田が、平成五年三月一七日以降、イ号物件を一万九六六四セット製造し、一セット当たり八八〇円で販売して合計一七三〇万四三二〇縁の売上を上げたこと、原告会社が主張する費目の製造原価合計が一セット当たり658.4円(合計一二九四万六七七七円)であることは、当事者間に争いがない。

したがって、被告持田は、イ号物件を製造販売したことにより、合計四三五万七五四三円の利益を得たことが認められ、これが原告会社の蒙った損害であると推定される。

(二) 被告持田は、右利益額から、イ号物件の製造に供した金型の費用と売費及び一般管理費を控除すべきであると主張するが、次のとおり採用できない。

(1)  実用新案法二九条一項の立法の趣旨は、次のようなものと認められる。実用新案権者又は専用実施権者が侵害行為による損害賠償を求めようとする場合、損害の中心となることの多い得べかりし利益の喪失による損害(逸失利益)の範囲の認定及び損害額の算定については、侵害行為がなかったならば権利者が得られたであろう利益という、現実に生じた事実と異なる仮定の事実に基づく推論という事柄の性質上、侵害行為との因果関係の存在、損害額算定の基礎となる各種の数額等を証明することに困難を伴う場合が多い。そこで、侵害行為により侵害行為者が得た利益の額を被害者の逸失利益額と推定することによって、権利者の損害証明の方法の選択肢を増やして被害の救済を図るとともに、侵害行為者に推定覆滅のための証明をする余地を残して、権利者に客観的に妥当な逸失利益の回復を得させる点に、実用新案法二九条一項の損害額推定規定が設けられた政策的目的があるものと解される。そして、右推定規定の前提には権利者と競業関係にある侵害行為者が、侵害行為によってある販売収支実績を現実に上げている以上、権利者も同じ販売収支実績を上げうる蓋然性があるとの推定を裏付ける社会的事実の認識があるものと認められる。

したがって、推定の前提事実である侵害行為者が侵害の行為により受けた利益の意味も、財務会計上の利益概念にとらわれることなく、推定される事実との関係で定めるべきである。そして、権利者において、登録実用新案の実施品の開発やこれに要する投資を完了し、実際に営業的製造販売を行っている場合に、新たな開発のための投資や従業員の雇傭を要さず、そのままの状態で製造販売ができる個数の範囲内では、権利者の逸失利益とは、右実施品の売上額から材料価格や包装費用等の販売のための変動経費のみを控除した販売利益と考えるべきである。そして、推定の対象となる利益が右のようなものである限り、侵害者が侵害物品の製造に供した金型の費用や売上額の多寡に関わらず発生しうる販売費及び一般管理費等は、控除の対象とはしないものと解するのが相当である。

以上のことは、独占的通常実施権の侵害による損害の賠償についても同様に解することができる。

(2)  本件についてこれを見るに、成立に争いのない甲第二〇号証、甲第二七号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二八号証及び弁論の全趣旨によれば、①原告会社は、平成元年七月から、下請業者に本件考案の実施品(以下「原告製品」という。)を製造させてこれを販売していること、②本件考案に基づくO脚歩行矯正具の原材料は原告会社が購入して下請業者に供給しており、原告製品の製造に必要な金型費用は下請業者が負担し、原告会社において費用として計上していないこと、③被告持田がイ号物件を製造販売した平成五年二月から翌六年二月までの間に原告会社が製造販売した原告製品は、四万一七三二セットであり、平成七年三月までを含めると一一万六〇〇八セットに上ること、④本件訴訟提起前に、原告会社と被告らとの間で本件を巡る話し合いがなされたが、その中で、被告持田が一万セットの原告製品の買い取りを、また被告大和は六万セット(年間)の買い取りをする旨の解決案が出されたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によれば、被告持田が平成五年三月一七日から平成六年二月二八日までに製造販売したイ号物件の個数である一万九六六四セットは、原告会社ないしその下請業者において新たな投資や人件費の増加を要さず、そのままの状態で製造販売ができる個数の範囲内にあるものと認められ、被告持田が主張する金型費用や販売費及び一般管理費を前記(一)での利益額から控除することは相当でない。そして、他に変動経費として控除すべき費用を認めるに足りる証拠はない。

(三)  よって、原告会社の被告持田に対する四三五万七五四三円の損害賠償請求及びこれに対する不法行為の後であり訴状送達の翌日である平成六年五月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払請求は理由がある。

3  被告大和が得た利益について

(一)  被告大和がリープロジェクト名義で被告持田からイ号物件を一万九六六四セット仕入れ、仕入れ総額は一七三〇万四三二〇円であること、右イ号物件は、リープロジェクト名義から被告大和名義に売却された形式となっており、その販売総額は二一八六万四一一四円であること、被告大和が右イ号物件のうち一万六五六二セットを販売し、総売却額は二二八一万〇一八二円であること、リープロジェクト名義の粗利益が四五五万九七九四円であり、被告大和名義の粗利益が三五五万二一八二円であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、前記2(二)のとおり、販売費及び一般管理費を控除することは相当でないから、リープロジェクト名義の販売利益四五五万九七九四円及び被告大和名義の販売利益三五五万二一八二円の合計八一一万一九七六円が、原告会社の蒙った損害であると推定される。

(二)  なお、原告会社は、本訴状送達の日の翌日である平成六年五月二八日からの遅延損害金の支払を求めているが、前掲乙第九号証によると、右八一一万一九七六円の利益のうち、七七万二〇〇〇円は、平成六年四月から翌七年三月までの間のイ号物件の販売により得た利益であると認められる。しかしながら、この期間の具体的販売時期の内訳は定かではないので、右七七万二〇〇〇円に対する遅延損害金の起算日は、最も遅い平成七年三月三一日とするほかない。

したがって、八一一万一九七六円の利益のうち七七万二〇〇〇円については、不法行為の後である平成七年三月三一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、原告会社の請求は理由がある(なお、リープロジェクト名義の利益については、前掲乙第九号証によるとリープロジェクトは被告大和の仕入れ部門であると認められるから、単に帳簿上の操作で被告持田から仕入れたイ号物件を直ちに被告大和に譲渡しているものと推測され、その他リープロジェクト名義の利益が本訴状送達後に発生したことを窺わせるに足りる証拠もない。)。

五  結語

よって、原告らの請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条但書、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官八木貴美子 裁判長裁判官西田美昭は転補のため、裁判官池田信彦は転官のため、いずれも署名押印できない。裁判官八木貴美子)

別紙実用新案公報<省略>

別紙被告物件目録

第一 図面の説明

一 各図面の説明

第1図 被告物件の平面図

尚、第1図は、左足用の靴の中敷を示すが、右足用の靴の中敷もこれと対称に表される。

第2図 第1図において、切断線Bに添った断面図(第1図の白地部分の最外側と最内側とを結ぶ線に添った断面図)

尚、第2図においても、左足用の靴の中敷を示すが、右足用の靴の中敷もこれと対称に表される。

第3図 第1図において、切断線Cに添った断面図(第1図の白地部分の最外側から靴の中敷の中央部を結ぶ線に添った断面図)

尚、第3図においても、左足用の靴の中敷を示すが、右足用の靴の中敷もこれと対称に表される。

第4図 第1図において、切断線Dに添った断面図(第1図の白地部分の最外側から、右白地部分の後端部を結ぶ線の断面図)

尚、第4図においても、左足用の靴の中敷を示すが、右足用の靴の中敷もこれと対称に表される。

第5図 第1図の矢印イに示す方向からの側面図

尚、第5図においても、左足用の靴の中敷を示すが、右足用の靴の中敷もこれと対称に表される。

二 概括的説明

第1図の平面図は、各製品毎に同一規格であるが、第2図〜第5図の断面図又は側面図は、製品によって多少のばらつきがあり、したがって、第2図〜第5図は具体例を示す模式的な図面ということになる。

第二 構成の説明

左記の如き構成による靴の中敷である。

靴履装者の足裏の「かかと」部などと接触するために、第1図に、示すように、靴の中底の形状に沿って形成され、「かかと」部分(足裏の「かかと」部に対応する部分)において、第1図の一点鎖線に示す外側領域(靴を履装した場合の外側領域)に隆起部を有しており、該隆起部の内、最も高く隆起する最高隆起部の最外側となる位置のP点から隆起部に対する略平面形状をなす内側領域(靴を履装した場合の内側領域)の最内側となる位置のQ点に向かう切断線Bに沿う切断面が、第2図に示すような形状を呈し、前記P点から、足裏中央に位置するR点に向かう切断線Cに沿う切断面が、第3図に示すような形状を呈する靴の中敷であって、該靴の中敷の後端部の位置のS点と前記P点とを接続する切断線Dに沿う切断面が、第4図に示すような形状を呈し、後端側から側面図の上側面が、第5図に示すような平面形状と斜面形状とを呈することを特長とする靴の中敷。

参考図<省略>

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